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「こわれたとうふ」

下村昇・著 井上正治・画 / リブリオ出版・刊 / 1,400円+税



本書「おわりに」から

 「この本を読んでくださるみなさんへ」
【1】小学生のみなさんへ
「これからは〈高(こう)齢(れい)化(か)〉の時代に突(とつ)入(にゅう)する」
「高齢化社会における福(ふく)祉(し)の問題と課(か)題(だい)」
「高齢化社会を生き抜(ぬ)くために」
   こんなことばを新聞や雑誌(ざっし)などで見かけたり、耳にしたりしたことがあるでしょう。こんなことをいわれだしたのは、何年前からのことだったでしょうか。
「高齢化(こうれいか)」というのは、日本の人口全体に対する六十五歳(さい)以上のお年寄りの割合(わりあい)がふえてきて、年金や医療(いりょう)・福祉(ふくし)制(せい)度(ど)などに大きな影(えい)響(きょう)が出てくるといわれている現象(げんしょう)です。 その高齢化社会への突入時期(とつにゅうじき)というのは二千七年からだといわれています。
どうしてそのような現象(げんしょう)が起きたのでしょうか。団塊(だんかい)の世代(せだい)ということばがあります。これは第二次世界大戦直後の日本で、千九百四十七年から千九百四十九年(1953年、または1955年生まれまで含まれる場合もあり)にかけての第一次ベビーブームといわれた年代に生まれた人たちのことで、この三年間に生まれた人たちの数が約八百万人(厚生労働省の統計)もいるといいます。その人たちがみんな六十歳を迎(むか)え定年退職(ていねんたいしょく)の時期(じき)になり始めるからです。
これらのことばを裏(うら)付(づ)けるかのように、街(まち)にはたしかにお年寄りが少なからず目につくようになりました。わたしのオフイスの近くには、お年寄りがおおぜいお参りに来るお寺があり、駅からの道路の両側(りょうがわ)はお店(みせ)がびっしりと並(なら)んでいます。いわゆる門前町(もんぜんまち)です。その商店街(しょうてんがい)がお年寄りでにぎわっているところから「おばあちゃんの原宿(はらじゅく)」と呼(よ)ばれて有名(ゆうめい)になったところです。ことに縁日(えんにち)の日には通りがいっぱいの人出で、歩くのも困(こん)難(なん)なほどです。それほど多くの人が高齢化(こうれいか)していることの表れです。
高齢化(こうれいか)社会の問題は、これまでさかんに取り上げられた「障(しょう)害(がい)を持つ人といっしょに暮(く)らす」問題と、本質的(ほんしつてき)には同じです。それはお年寄りだけの問題ではなく、この社会のみんなの問題なのです。
わたしたちは、これから、お年寄りとどうかかわっていくことが望(のぞ)まれるのでしょうか。わたしは、こうしたお年寄りとわたしたちとのかかわりについて考えてみるための、誘(さそ)い水になるようなお話を書いて、あなた方にも読んでいただきたいと思いました。そうしてできたのが、この『こわれた とうふ』です。

このお話の中で、おじいちゃんの願(ねが)いのこもっている「恵美(めぐみ)」という名前のこの子は、ゴールデンウイークにいった富士見公園で、見知らぬおばあちゃんとその家族(かぞく)の接(せっ)し方をみてしまいました。そればかりでなく、岸(きし)さんというお父さんの友だちのおばあちゃん、それから、恵美(めぐみ)ちゃんの大すきな川越(かわごえ)のおばあちゃん、そして思いがけずも彦根(ひこね)のおじいちゃんの死。そんなお年寄りについて、見たり聞いたり数々の大切な経験(けいけん)をしました。
そのことによって、恵美(めぐみ)ちゃんは、人間はどんなに歳(とし)をとってお年寄りになったとしても、見た目がきたなくなっても、白髪(しらが)だらけになっても、そのお年寄りが、その人自身の心の中まできたなくなったわけじゃない…それどころか「お年寄りは宝(たから)だ」ということさえもさとりました。
また、恵美(めぐみ)ちゃんは、お母さんにたのまれて買いに行ったおとうふがこなごなになったことをきっかけに、「グニャグニャにこわれちゃったおとうふだって、シミだらけになったお年寄りだって、〈この世にある〉ということの意味を最後の最後までだいじにしなくちゃあ」と思いました。そして、お年寄りからたくさんのことが学べて、うれしいと思う心を持つまでに成長(せいちょう)しました。 そればかりか、お母さんからは「おなべがだめでも、炒(い)りどうふなら生かせるわ」こう教えてもらいました。これは何を意味しているのでしょうか。あなたにも考えてもらいたいところです。
これはだいじなことです。ここから、これからの世の中のことを、そして、あなた自身の生き方を考えるきっかけがつかめるかもしれません。 縁(えん)あって、この本を読んでくださったあなた。これからの時代をになう小学生のあなたが、『お年寄りとともに生きる』という問題について、いっしょに考えてくれるとうれしいことだと思います。


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